はじめに
誤解
正解
DCF法等により実質価額を定量化するためには事業計画が必要になりますが、仮に事業計画が入手できない場合には簿価純資産を実務上使用せざるを得ず、特に債務超過の会社への出資を行った場合には減損リスクが高まります。したがって、このようなリスクを回避するために、投資時点で投資先企業と事業計画の入手について合意を得ておく必要があります。
市場価格のない株式等の実質価額が「著しく低下したとき」とは、少なくとも株式の実質価額が取得原価に比べて50%程度以上低下した場合をいう。ただし、市場価格のない株式等の実質価額について、回復可能性が十分な証拠によって裏付けられる場合には、期末において相当の減額をしないことも認められる。
金融商品会計に関する実務指針(会計制度委員会報告第14号)92項
なお、市場価格のない株式等であっても、子会社や関連会社等(特定のプロジェクトのために設立された会社を含む。)の株式については、実質価額が著しく低下したとしても、事業計画等を入手して回復可能性を判定できることもあるため、回復可能性が十分な証拠によって裏付けられる場合には、期末において相当の減額をしないことも認められるとした。ただし、事業計画等は実行可能で合理的なものでなければならず、回復可能性の判定は、特定のプロジェクトのために設立された会社で、当初の事業計画等において、開業当初の累積損失が5年を超えた期間経過後に解消されることが合理的に見込まれる場合を除き、おおむね5年以内に回復すると見込まれる金額を上限として行うものとする。また、回復可能性は毎期見直すことが必要であり、その後の実績が事業計画等を下回った場合など、事業計画等に基づく業績回復が予定どおり進まないことが判明したときは、その期末において減損処理の要否を検討しなければならない。
金融商品会計に関する実務指針(会計制度委員会報告第14号)285項
考え方
超過収益力込みでスタートアップ等へマイナー投資する場合
(第三者割当増資の引き受け又は既存株主からの購入など)
減損判定プロセスまとめ:
実質価額の下落兆候判定(投資時点の計画等と比較)→実質価額の測定→実質価額まで減損
1.実質価額(時価)と簿価純資産の関係
一方で、スタートアップへのマイナー出資あるいは子会社/関連会社株式を第三者から購入した場合についても考えてみます。会社がこのような市場価格の無い株式等を取得する場合、投資先の将来性を見込んだ、基準等でいうところの超過収益力込みの価額(=時価)で取得するため、「一株当たり取得価額(時価)>>>>一株当たり簿価純資産」となります。
実務ではこのような投資の減損判断において、事業計画を入手できること等を理由として一株当たり簿価純資産が5年以内に一株当たり取得価額まで回復するかどうかという議論がなされる場合があります。
設立出資と異なり、投資時点で既にPBR(=株価/簿価純資産)が1倍を超えているわけですから、時価⇔簿価純資産との比較により投資の減損判断を行うことは明らかに不合理です。
簿価純資産の変動は投資家にとってサンクコストであり、時価は常に将来の収益力(の予測)や資本コストに左右されます。したがって、簿価純資産の増減が将来の収益力(の予測)等に影響を与えるにしても、まずは基準等が要求するように評価基準日時点で超過収益力が見込めなくなったかどうか、実質価額(=時価)が下落しているかどうかについて慎重に判断する必要があります。
2.超過収益力が見込めなくなったかどうかの判断
さて、簿価純資産≠実質価額(=時価)でないとすれば、超過収益力の低下に伴う実質価額の下落についてどのように判定すればよいのでしょうか。
合理的な事業計画に基づくDCF法で一株当たり出資価額が決定されていれば、その計画との乖離(この乖離度合いは判断の領域であり、基準上明確にされていません)は超過収益力の低下を示す兆候になりえます。
しかし、スタートアップ等への出資価額は実質売り手の言い値であり、(減損判断のための)参照可能な事業計画がないことがあります。
赤字であることや新規性の高いビジネスであることから、たとえばサブスクリプションモデルの企業であれば非財務数値であるユーザー数と類似企業の事業価値のマルチプルを掛け合わせることで出資額にハメていたり、上場企業の価格決定プロセスでは使用されないような指標(たとえばPSR(price-sales ratio:株価売上倍率))を用いて後付けで合意された出資額がバリュエーションレポートのレンジに入るように持っていくことがほとんです。
そのため、非財務情報であれ、財務情報であれ、上記のような(後付けの)値決め(実質価額)のコアとなった要素を特定する必要があります。その結果、これらの要素の計画未達や指標の成長率が超過収益力が見込めない兆候と判断されます。
最後に超過収益力が低下していると判断される兆候があれば、DCF法等に基づくバリュエーションレポートなどを取得して再度実質価額を定量化したうえで、当該実質価額まで減損処理を行うこととなります。
ちなみに、スタートアップであれば投資ラウンドが進めば基本的に出資単価は上昇していきますので、自社が投資した以降の1株当たり出資額を参考に減損不要と判断できる場合もあるものと考えます。
なお、金融商品会計基準においては、発行会社の財政状態の悪化が生じた場合に減損処理が必要になるとされていますが、企業買収においては、会社の超過収益力や経営権等を反映して、財務諸表から得られる1株当たり純資産額に比べて相当高い価額で当該会社の株式を取得することがあります。この場合、売買価額が、第三者による鑑定価額又は一般に認められた株価算定方式による評価額に基づいて、両者の合意の下に決定されたとしても、その後、超過収益力等が減少したために実質価額が大幅に低下することがあり得ます。したがって、このような場合には、たとえ発行会社の財政状態の悪化がないとしても、将来の期間にわたってその状態が続くと予想され、超過収益力が見込めなくなった場合には、実質価額が取得原価の50%程度を下回っている限り、減損処理をしなければなりません。これは、時価のある株式について、超過収益力等の減少により時価が下落して取得原価を下回った場合についても同様です。
金融商品会計に関するQ&A(会計制度委員会)Q33
子会社等の設立出資の場合
減損判定プロセス:
簿価純資産の50%程度以上の下落→実質価額の低下→計画を用いて概ね5年内の回復可能性を判断
子会社を設立出資した場合はいわゆる事業投資(売却することに事業遂行上の制約があり、企業が事業活動を通じてキャッシュを獲得することを目的とした投資)であることが明確であり、その実質価額は、事業活動の成果である簿価純資産+時価評価益(例えば保有する土地の含み益など)と考えられます。
したがって、重要な含み益のある資産がないのであれば、簿価純資産≒実質価額であり、その簿価ベースの「財政状態の悪化」≒実質価額の下落というのは至極納得がいきます。
そのため、事業計画を用いて実質価額について5年以内の回復可能性を判定することとなります。
なお、そもそも実質価額が著しく下落していないという論法で、DCF法等により実質価額を再計算し減損を回避するという方法も考えられます。
以上
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